自分を癒す空色(なみだ色)日記

最近、自分を癒す「空色(なみ)日記」を書き始めました。

そして、私自身の心に溢れ出てきた想い。

それは幼少期の想い出でした。

「インナーチャイルド」という言葉、聞いたことはあると思います。

直訳は「内なる子ども」の意味ですが、

具体的には子供時代の頃の記憶や心情、感傷の事を言います。

何故、今思い出したのか?

もしかしたら、それがわたしのブロックの一つなのかもしれません。

としたら、それを言語化することにより、より自分らしく明日を向かうことが出来る

そう信じて書いてみました。

これが、わたしの「空(なみ日記」の全貌です。

【わたしの中のインナーチャイルド】

幼少のころ、わたしは長い間入院生活をしていた。

ネフローゼ

それがわたしの患った病名った。

入院生活が当たり前ったので、それほど辛くはなかった。

優しい看護婦さんや、毎日訪ねてくれる父母がいたから、
それほど寂しいとは感じてなかった。

それがある日、一変した。
妹が向かい側の部屋に入院してきた。

病気の種類のせいなのか、ベッドの空き状況なのかは分からなかったが、
一緒の部屋にはならなかったのである。

当然、母は両方の病室を訪ねることになる。

幼い私は、母が妹の病室を出て、わたしのところにきてくるのを、
いつも待っていた気がする。

早くこっちに来て!と言いたかったの

でも、扉を開けて、妹の病室にいく勇気はなかった。

看護婦さんにとめられていたのか、どうったのかは記憶にない。

、扉を開けてしまって、母が妹に向けている笑顔を見るのが
辛かったのと思う。

甘えん坊で分からず屋のお姉さんと言われるのも恥ずかしかった。

わたしのわがままが妹と母の時間を奪ってしまうような気がして罪悪感もあったのかもしれない。

幼いわたしは、たじっと待つことしか出来なかった。

やがて、わたしたち家族は一緒に暮らし始めた。

それからも妹が母に甘えるたびに、わたしが羨ましそうな顔をしていたと、
母は今でも笑って言う。

幼い私は、次に抱っこしてもらえるかも、と待っていたのろうと思う。

今の私が、あのころの私にかけてあげられる言葉があるとしたら、

「待ってなくていいんよ。お母さんのところにいっていいんよ」
「勝手に病室をを抜けたりしたら、ちょっとは怒られるかもしれないけど、絶対あなたのことを拒んりしないから」

大人になって、わたしは扉を開けることが出来るようになった。

でも、今でも時々、相手の反応を伺ったり、変な遠慮をしてしまうことがある。

そういう日は、わたしの中のインナーチャイルドがまた泣いているのかもしれない