「言葉」は目ほどにモノを言います。

目は口ほどにモノを言う。

これは昔から使われている諺です。

わたし流だと、

「言葉」も目ほどにモノを言います。

それが、ブログや文章になると、

書いた人の人となりが見えるのです。

言葉遣いで育った環境が分かります。

表現方法で、何を読んでいるのか分かります。

書かれた内容で、どんなことに興味があるのかが分かります。

それ以上に、

ホンネとタテマエがわかる場合もあるのです。

何故なら、全ての「言葉」は想いから生まれるからです。

どんなに謙遜しているつもりでも、

それは謙遜しているのではなく、「つもり」なので、

つい言葉の端々に、不遜な想いが見えます。

また、自信たっぷりな発言でも、

言葉の端々から、虚勢が伝わります。

自分に自信があるのなら、「不遜」のままに書けばいい。

自信がないのなら、自分にエールを贈ればいい。

虚勢をはって、あえて難しい言葉を使ってみたり、

一段高い場所から書く必要は無い。

わたしたちは言葉を通して想いを聴く。

でも、想いのない言葉や、想いとは違う言葉を

「嘘」と認識してしまう。

そして、あの人は信用できない、と判断してしまう。

でも、一つの想いの下にはもう一つの想いがあります。

何故、謙虚さを装うのか?

何故、自信を身につけたいのか?

本当に大切なのは、その想いなのだ。

情熱発信は自分自身の想いを見つめること。

自分自身を真っ直ぐに見つめていきましょう。

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「言葉の重み」