「パンドラの箱」

開けてもロクなことがないと分かっているのに、
開けてしまう箱がある。

それが「パンドラの箱」です。

見てはだめだと理性では分かっている。

でも、見てしまう。

そして、後悔する。

これが人の「業」なのかもしれません。

わたしは長い間、遠距離恋愛をしていました。

遠距離恋愛で一番辛いのは、
会えないことではありません。

相手が今、何をしているのか分からないことです。

信用していないから、

そう言われるとそれまでですが、

信用のできる人と信用の出来ない人はいます。

わたしの相手は間違いないく、後者でした。

電話に出なかったり、メールのレスが遅いと、

不安が不安を呼び、心は一杯でした。

だから、つい、パンドラの箱に手をかけてしまったのです。

わたしが富山へ戻るとき、

彼が使っていた古い携帯電話、
機種変更するには必要だからと、わたしに預けました。

そのまま処分してしまえばよかった、
見てもロクなことはない。
ココロのどこかでそれはわかっていた。
でも、見てしまったのです。

そして、そこにあったのは、
多くの女性からのメール、
そして、その中に

「子どもが出来ました。」

心が一瞬にして凍りつくとはこういうことを言うのだと、
改めて知った瞬間でした。

日付はだいぶ前のモノでした。
彼にとってはもう済んだことだったのかもしれません。
わたしが見るとは思っていなかったのかもしれない。
でも、遠まわしにわたしに見せて、
別れを切り出すきっかけに、事実をしらせたのかもしれない。
彼の思惑はわからなかったけど、
知りたくなかった、知らなければよかった。

結局、パンドラの箱を開けて苦しむのは自分自身。

それからも彼は今までとは変わらなかった。
わたしも、見たとは言えなかった。

でも、気持ちが真っ白になることは、もうなかった。

何故言わなかったのか?
何故聞けなかったのか?

その答えだけはわかっている。

それでも彼を失いたくはなかったということ。














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