他の誰かに「とうこ」と呼ばれても・・・

彼と別れてから、6年が過ぎた
今もまだ残る「想い」がある。
それはきっと、想いの残照だ

「統子」

これが、わたしの名前である。
わたしはこの名前があまり好きではなかった。

「もとこ」と読む

家族以外は誰も読めない。

辞書にも載っていない。

「とうこさんですか?」
「じゅんこさんですか?」

と聞かれるたびに、

訂正するのがイヤだった。

とうこで通すこともあった。

でも、この呼び名が特別なものに変わった。

「彼」がそう呼んだからである。

出会ったころは、偉そうに「とうこ」と呼んだ。

彼の持つ独特のアクセントが印象的だった。

しばらくして、呼び名は「お前」に変わった。

そのころ、彼が「とうこ」と呼ぶときは、

大抵何か面倒が起きたとき、そしてよくない話があるときだった。

それでも、彼の独特のアクセントは変わらなかった。

わたしの心を昂揚させたその呼び名は、

わたしの心を苦しくさせた。

そして、今はその声を思い出すと、

切なくさせる。

他の誰かに「とうこ」と呼ばれても、

ここまでは響かない。

わたしの心には、

まだ、残像が残っているのだろう。

でも、この切なさも、いつかは懐かしさに変わるときがくる。

わたしたちは誰もが未来に向かっているだから。