「人間不信」と「自分不信」

遠距離恋愛中、

「彼」はわたしによく言った。

「お前は俺のことを信用していないからな」

図星され、笑ったけど、否定はしなかった。

「約束は守らないし、お金は返してくれないし、面倒ばかり起こすしね」

でも、本当はそんなことではない。

基本的に、わたしは人を信じていないのだ。

そして、もっと言うなら、自分自身を信じていない。

何故なら「想いは思考を裏切る」からである。

彼に会いたくなったとき、どんなに反対されても会いに行った。

彼の頼み事なら、どんなことでも聞いてあげたかった。

彼を失うのは、他の何を失うよりも耐え難かった。

自分の良心に背いても、家族や友達を裏切っても、

「彼」を失いたくなかった。

人を裏切ったり、約束を破ったりするのは、

もっと大切にしたい「想い」が自分を衝き動かすからだ。

だから、その想いを責めることは出来ない。

でも、その「想い」さえも、

人は簡単に捨てることが出来るのである。

その「熱さ」にフタをしてしまった、私自身のように。

自分自身も裏切ってしまう。

それなのに、どうしてわたしを信じて、って言えるのだろう。

とうして、人を信じようって思えるのだろう。

学生の頃に読んだ

夏目漱石の「こころ」にも書かれている

人の「想い」の強さと弱さ。

これが妙に腑に落ちた。

でも、誰もが持っている「熱い想い」

これだけは信じていきたい