バカでいい。わたしは 熱く、真っ直ぐに生きたかったのだ。

言葉の下には、想いがある。
そして、その想いにはちゃんとカタチがあるのだ。

わたしにとって「会話」とは、

言葉の下にある想いを読みとることだ。

言葉は、想いのカタチを映しだす。

それはときには鏡のようにクリアだったり、

影のように形だけだったりする。

全く真逆の想いを映す場合もある。

言葉の数が増えれば増えるほど、

その想いはどんなカタチを成そうとしているのか、

見えてくる。

そして、その想いのカタチが見えたとき、

それが言葉として胸に届くのかもしれない。

10年前、

遠距離恋愛をしていたとき、

多くの友人たちに心配をかけた。

そして、たくさんの言葉をもらった。

「大丈夫?」
「そんな人とはもう別れるべきだよ」
「他に、もっといい人はいるよ。」
「幸せになってほしいよ」

みんなが、わたしのことを想ってくれているのだ。

それは間違いない。

でも、思いのカタチが見えなかったのだ。

大丈夫って何が?

お金のこと?

メンタルのこと?

体調のこと?

いい人って何が?

誰にとっていい人?

親にとって?

社会的に?

幸せになってって、

わたしはそんなに不幸なの?

人を好きになったってことが、不幸なの?

 

その中でようやく腑に落ちた言葉があった

わたしってそんなに不幸に見える?

それに友人はこう答えた。

「不幸だとは思わないけど、バカだと思う」

そのとき、思わず泣き笑いしたのを覚えている。

なるほど、みんなが言いたかったのはこのことだったのか。

どんな人でも、人を好きになることは悪いことではない。

でも、そのために、辛い思いをしたり、哀しい思いをするのは、

あまり賢いとは言えない。

でも、その言葉になぜか救われた想いだった。

だって、わたしは賢く生きたかったのではない。

バカでいい。
熱く、真っ直ぐに生きたかったのだから。

今でもその思いは変わらない。
そして、この道が、目指す未来に続くと信じている。