中毒になるぐらいがちょうどいい。

仕事でも恋愛でも、

中毒になるぐらいではないと、
本気にはなれない。

ただ、中毒にまでなってしまうと、
かなりの痛みを伴う。

それが禁断症状であり、喪失感だ。

わたしは10年前は、
かなりの中毒患者だったと思う。
「彼」という存在に、依存していた。

電話が繋がらない夜、メールが来ないときは、
禁断症状に苦しんだ。
声を聴くと、すぐに会いたくなった。

悦びと痛みが、いつもわたしの中にあった。

のめり込みすぎ、と言われた。
ハマりすぎ、と嗤われた。

でも、それは「本気」だったということだ。

ただ、未来を見なかっただけ。
この痛みと悦びの行きつく先は、どこにあるのだろう?

それを考えることが出来なかっただけ。
その痛みと悦びに依存していた。

だからこそ、その症状を「中毒」というのだろう。

でも、よくも悪くも、その痛みを知っているから、
今のわたしがいる。

中毒になるほど、「何か」に本気になりたい自分。
もっと、もっと熱くなりたい自分がいる。

そして、あの痛みを恐れている、
小さくて弱い自分がいる。

あの痛みを乗り越えることが出来たら、
再び熱くなれるのだろうか?

そして、どうすれば太陽のように、
どんな熱さの中でも自分を見失わず、
自分の軌道を巡ることが出来るのだろうか?
すべてのものを照らすことが出来るのだろうか?

自分自身の言葉の中から、きっとその答えは見つかるはず