「命日」に想う、最後に残るのは言葉だけ

父が逝ってから、13年が過ぎた。

毎年、ほぼ欠かさず、命日には母と墓参りに行っている。

父の遺影は、家のあちこちに飾ってあるが、

最後に会った時の顔は覚えていない。

以前にも書いたように、

その頃、わたしは市内のアパートに住んでいた。

週末は実家に戻っていたが、

13年前の連休は、彼と過ごすことに決めていた。

ただ、その1週間前、

父と母と3人で、黒部第4ダムに見学に行った。

それが、元気な父を見た、最後の姿だったのだ。

雨も降っていたし、わたしも母も用事があったので、

その日は早めに下山してきた。

お酒を呑んでいるときいるとき以外、

ほとんど話さない父は、

家に着くなり、テレビを見ながら、ビールを飲み始めた。

いつも通りの日常だった。

今週は孫の誕生日があるから、

二人で行くつもりだと、母も話していた。

もう一人の孫の歯の治療にもいかなければ

とも言っていた。

その父は、

風邪をひき、

孫の誕生日は行かなかったと、母から電話があった。

でも、熱は下がったといって、

またお酒を呑み始めたらしい。

いかにも父らしいと思った。

だから、近所の人から電話があって、

救急車で運ばれたときいても、

それほどとは思わなかった。

看護師が、呼びに来るまでは・・・

別れは突然にやってくる。

黒四で何を話したのか、どんな顔をしていたのかも、

思い出せない。

でも、酔った父がいつもわたしに言っていた言葉だけは、

今でも耳に残っている。

「自分で決めたのだから、自分で考えろ」

「自分が納得しないと動かないのが、お前だ」

「何があっても、変わってやることは出来ないのだから」

言葉だけは、忘れることはない。

 

 

※遠距離連愛していた彼と、父が会うことはもうなかった。

もう、わたしも彼とは会うことはないだろう。

でも、この言葉を忘れることはない。

「いつかお前の親父と酒が呑めると思ってたんだけどな」
https://wpwpwp.be/2018/07/31/soul-19/