情熱発信原則原理の書4 草稿 わたしの「生き方改革」と「働き方改革」

2016年、26年間勤めた職場を一旦退職、
関連事業のスタッフをしながら、自らも個人事業主として、
「wpラーニング」を立ち上げた。
これが、わたしの働き方改革、そして生き方改革の始まりだった。

父、祖母を見送り、そして彼とも別れて、
わたしは「わたしだけのわたし」になった。
そして、日に日に、
このままで終わりたくない、という想いが育ってきた。
ただ、安定した職場という保険を手放すのは難しかった。

短大を卒業してすぐに就職した職場は、
薬品会社だった。
採用時の条件が、すぐに覆され、生産ラインに異動が決まったとき、
ショックでわたしは即会社を辞めた。
あとで聞いた話だが、強力なコネで一人採用したらしい。
組織とはこういう場所なのだと思い知らされた。
そのあとの決まった就職先で、26年間勤務することになった。

そこは数人の経済団体の事務所だった。
営利を上げる必要はなく、会費収入での運営。
だから、活動も職場もぬるい、ある意味独特の世界だった。
それなのに、集まって来る人たちは、
実際に経済を動かしている人たちだった。
わたしは、その人たちの側面から、
多くのことを学ぶことができた。

実績のない言葉の無意味さ。
そして経営者とは自分の家族だけではなく、
従業員の家族をも守らなければならない。
その覚悟を持って会社を経営しているのだ。
だからこそ、従業員は安心して働くことができる。
それを実践している人の言葉は、
自信で溢れていた。
社会という新しい世界で、
そういう人たちを、
わたしは憧れと羨望の眼差しで見ていた。
そして、
いつの日か、自分も輝くのだと、
夢を描いていた。

でも、現実は違っていた。
スジが通らないこと、
方針が一夜にして変わってしまうこと、
そんなことが当たり前に起きる日常の中で、
わたしもぬるさを覚えた。
主張して、戦って、傷ついても、
明日には、今までとは変わらない明日が始まる。
これ以上、わたしに何を言えというのか、
これ以上、わたしに何をしろというのだ。

それなら、
わたしは他でわたしの世界を実現するしかない。
そう考え、婚活した。転職も考えた。
でも、垣間見える将来像の中に、
わたしが求めいている世界はなかった。

そんなとき、
わたしは彼と知り合った。
彼の人となり、境遇、全てがわたしとはかけはなれていた。
彼といることが、
全ての現実からわたしを引き離した。
わたしの中の何かが今までとは全然違った感じで
動き始めるのを感じた。

もともと社会からはみ出さないように生きようなんて想いはなかった。

幼少の頃の入院生活、不登校の経験で、
その思考はすでにわたしの中では意味のないものになっていた。

彼を思う気持ちだけが、
わたしのなかにあった真実だと思えた。
そして、わたしはますます彼に夢中になっていった。

父が逝った夜、
わたしは妙な気分になった。
姉と妹にはすでに子供がいた、
わたしもとりあえずは、安定した職場にいる。
父はほっとしていたのではないだろうか、
だから、あっけなく逝ってしまったのではないだろうか?

父がよくわたしに言ってた言葉がある
「いずれ、自分たちはいなくなる、だからこれからどうしたいのかを考えろ」

その言葉が、重く心にのしかかった。

それから数年後、祖母も他界。

それからの母との生活、まだ見えない彼との将来、
そして、現実、
それが果てしなく続くように思われた。

そして、あの未曾有の大災害、
東日本大震災が起こったのである。

あの日以来、
わたしの中にも変化があった。
被災した人たちが、
もう一度自分たちの足で立ち上がろうとする姿に、
わたし自身の心も動いたのかもしれない。

わたしももう一度、動こうと思った。

もう一度、
主張して、戦って、傷ついた
あの頃のように動こう。

それが、わたしらしい生き方だったんじゃないか。

学校に行けなくて、休んで、
それでも、また再び行って、

最初の職場はやめたけど、
また、新しい場所で一から始めて、

彼にも、
泣いて、笑って、
それでも次の日は、想いを伝えて。

そうやって生きてきたはずだ。

自分で動き始めれば、熱が生まれる。
自分自身を温めることができる。
それはまるで太陽だ。
熱く輝き、周りを照らす太陽。

そう、わたしは太陽のように生きたかったのだ。

その生き方を貫く環境はすでに与えられている。

そして、それは「仕事」にも反映できるはず。
安定を捨てることになるけど、
不安と戦う毎日になるけど、

それでも、自分自ら熱と光を生む太陽として生きていきたい。

心配する母を尻目に、
職場を退職、
関連事業のスタッフをしながら、自らも個人事業主として、
「wpラーニング」を立ち上げた。

あれから数年がたった。
わたしの描く世界はまだ見えてはこない。
これからも
わたしは苦しみながらも探し続けていくだろう。

「情熱発信」は何なのか?
そして、「情熱発信」はわたしたちに何をもたらすのだろうか、と。

でも、自分が自分らしくあるための「生き方」と「働き方」
わたしの改革はすでにはじまっているのである。