自分の中にいるドリームキラー

ドリームキラーとは、

の存在はよく耳にする。

目標達成や夢を阻害する存在の人だ。

でもそのドリームキラーは、

身内や周りにだけいるのではない。

わたしたちの心の中にも存在するのである。

それは、ある時には

「限界」という名前であるかもしれない。

叶えたい夢があっても、

わたしには無理だ、とか

あの人は特別だから、とか、

そういう想いがある。

また、「無難」という名前かもしれない。

正しい主張であっても

カッコつけていると思われたくない、とか

あまり目立ちたくない、とか

そう考えてしまうこともある。

また「見栄」という名前かもしれない。

やりたいことがあっても、

変わっていると思われたくない、とか

失敗したら恥ずかしい、とか

意識しすぎてしまう。

無用の思いだとわかっていても、

自分ではなかなかこれらの存在を遠ざけられないのがホンネである。

わたしも

「情熱発信なのに熱くないよ」と言われると落ち込むのに、

「熱いですね」と言われると否定してしまうもう一人の自分がいた。

何か主張したときに

「何熱くなってんの」と嗤われた恥ずかしさが、

熱く生きることを阻害していたのかもしれない。

心の温度を上げる想いがある、

また、心の温度を下げる想いも、同時に存在する。

それでも未来へ向かうために、

わたしたちは葛藤をし続ける。

それが生きるということかもしれない。