あいさつ

その小さな電気屋は、

わたしが子供の頃からあった。

店内はいつも明るく、

いろいろな大きさのテレビが、

いろいろな番組が映っていた。

店長だという年配の男性が、

通る人たちにいつも、

「おはようございます!」

大きな声であいさつをしていた。

小学生が通ると、

「お、いってらっしゃい!」

おばあさんが通ると

「今日もお元気ですね!」

声をかけられた人は、

少し気恥ずかしそうに、

会釈をして、足早にとおりすぎた。

世の中が少しずつ代わり、

量販店と言われる、大型な電気屋さんが

あちこちに出来てきた。

お客さんが減った、と寂しそうですよ、

と誰かに聞いたような気がするけど、

お店の中はいつも明るく、

音楽やテレビの音で賑やかだった。

それから、数年後、

その店のシャッターは閉まったままの時期があった。

でもそれは、お店を休んだのではなかった。

店長が倒れた、

と、これも誰かから聞いた話だった。

「跡取りさんがいないんですねー」

「息子さんが1人いらっしゃるけど、

県外に行っておられるようで。」

「このご時世、個人商店は大変かもしれませんね

店長さん、ひとりで修理から受けていらっしゃったんでしょう?」

「奥様も先に亡くされてますしね」

わたしの耳に入ってくる情報とはこんなもんだ。

それから半年後、

再び、お店のシャッターが開いた。

「おはようございます!」

そう言って、声をかけたのは、

以前の店長より、ずっと若く、

そして、声もずっと大きかった。

でも、その言い方には、

どこか似ているものがあった。

「おはようございます!行ってらっしゃい!」

声をかけられた年配の女性が振り返った。

「あら、ケンちゃん、帰ってきたの?」

「はい、今月から親父の代わりに店をすることになりました」

「あらそう、よかったわね。おとうさn、喜んでるでしょう」

彼は、頭をかきながら

「いえ、それが、俺はまだ素人だそうで。」

「それは仕方ないわね、畑違いのとこにいたんでしょ?」

「はい、一から教わります!」

県外に行っていたという一人息子らしい。

「それにしても、よく決心したわね、悩んだんじゃない?

孝行だわ。」

彼は、ふっと笑った。

「そうでもないんです。おやじも、死んだオフクロも、ここがずっと好きでした。オフクロが遺していった想い、オヤジがこの街で守っていきたいもの、ここには何かそういうかけがえのないモノがあるような気がするんです。俺も、それをこの街で見つけたくなったんです。」

年配の女性は嬉しそうに微笑んで、立ち去ろうとした、

でも、ふっと思いついたように、

「そう言えば、玄関先の電気がチラつくのよ。

後で、見にきてくれる?」

かれは、もっと大きな声で、

「ありがとうございます!伺います」

そう言って、お辞儀をした。

彼にも、彼なりの夢はあったのだろう。

それを求めて、ここを離れたに違いない。

でも、彼はここへ戻ってきた。

それは、諦めたからではない。

妥協をしたからでもない。

彼は自分の生きていく場所として、

この街を選んだのだ。

彼ならここでその「かけがえのないもの」を

きっと見つけるだろう。

「おはようございます!行ってらっしゃい」

彼の挨拶は、今日も続いている

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