心の燃焼室、行動のエネルギーはここから生まれる。

先日、一年ぶりの友人と会った。
「ときのまにまに」を買ってくれた。
そして、こう言った。
「本当に行動力には驚かされるね」
でも、逆にわたしはそれが不思議だった。
だって、わたしはずっとそう生きてきた気がする。

芝居に打ち込んだり、遠距離恋愛を続けたり、
一人でニューヨークに行ったり、
退職して個人事業を始めたり、
「ずっと行動してきたよね。ずっと家庭を持つより、
何かをしたいって言ってきたよね。
いつも有言実行してきたよね。」
「確かにね」

でも、もし、やりたいことがあっても動けずにいるのなら、
やはり必要なのは、エネルギーかもしれない。
多分、わたしは、
身を持ってこのエネルギーを使ってきたのだ。
だから、心の温度が熱くならないと、
動き出せないことを知っていたのだ。

行動が目的のための行動なら、
そのエネルギーの源は、
間違いなく情熱だ。
そして、心の燃焼室温度が、
上がれば上がるほど、
動き出さずにはいられないのである。

行動の消費エネルギーを考えると、
いくつものシーン(場面)を思い出す。

何かを始めるときは、一歩方向へエネルギーを使う。
何かを辞めるとき、双方向のエネルギーを使う。
道を変えるとき、横からのエネルギーを使う。
元に戻るとき、元へ還るときには、
逆方向からのエネルギーを使う。

ただ、燃焼室の温度がK点超えたとき、
どこへ走り出すのかは、
きっと、本人さえももわからないかもしれない。

それも分かっている。