目に見えないモノを伝えるのは難しい。

緊急事態宣言が緩和され、新しい日常が始まった、

でも、目に見えての変化はない。

もともと、今回の騒動は、目に見えないものが原因だったのだから、

それはそうなのかもしれない。

目に見えないモノは伝わりにくい。

だから、正直、心のどこかに油断がある。

実際に身近な人が感染したわけでもなく、

医療従事者として働いているわけでもない、

わたしにとって、

毎日のように報道される数字だけでは、

ウイルスの脅威も、本当のところは伝わっていないのでは、

とも思う。

目に見えるモノは分かりやすい。

雨が降れば、誰でも傘をさす。

手が汚れていれば、誰でも手を洗う。

困っている人を見れば手を貸すし、

倒れている人を見れば、抱き起すだろう。

好くも悪くも、目に見えるものは分かりやすい。

便利な商品、素敵なモノ、美味しそうなモノ、オシャレなモノ、

目に見えるサービスや商品は伝えやすい。

百聞は一見にしかず、だ。

リンゴの赤は、全ての人にとって赤だ。

嗜好は人それぞれだが、

便利な商品、素敵なモノ、美味しそうなモノ、オシャレなモノも、

も、人の目には同じに映る。

でも、

愛情、友情、幸せなど、

目に見えないモノは伝わりにくい。

何故なら、それは一人ひとりの感性によって、

感じるモノだからである。

熱湯を温度でいっても熱さは伝わらない。

風の強さを風速で行っても伝わらない。

愛情を、言葉で示しても伝わらない場合がある。

友情を、いくら言葉で伝えても届かないときがある。

だから、もし自分たちが伝えたい想いが、

目に見えないモノだったら、

感じてもらわないと伝わらない。

物語や言葉はそのためにも、ある