自分自身の弱点、足りないモノを見つめる理由

いろいろモノゴトを考えるとき、
どうしても、詰まってしまうことがある。

ああ、また手詰まりだな、
と肩を落とす。

そしてそこには、認めざるをえない、わたしの弱点がある。

その弱点から、ずっと目を逸らしていた気がする。

自分を受け入れよう!
自分を認めてあげよう!

そういう言葉を、いろいろな人が唱えている。

あなたはそのままでいいじゃない!

そういう言葉が流行ったこともあった。

でも、受け入れる、認めるということは、
そのままにしておくこととは違う。

だって、弱点を弱点のままにしておきたくない!

その状態に甘んじておくなんてやっぱりいやだ!

完璧になりたいわけじゃない。

パーフェクトな生き方をしたいわけじゃない。

でも、自分がどうしても達成したい目的があったとして、

それを阻むものが、自分の弱点だとしたら、

それを克服したい!

そう思うから、自分の弱点、足りないモノを見つめる必要がある。

わたしの場合、

「論理的思考」が圧倒的に弱い。

それを上手く説明することができない。

言葉の中に潜む想いを感じ取れても、

それを上手く伝えることが出来ない。

言葉は選べても、ロジックが伴わないのである。

だから、わたしの言葉には説得力がない。

そのジレンマにいつも苦しんでいる。

でも、わたしが論理的思考を身につければ、

もっと、上手く筋道を立てることが出来る、

もっと、上手く言葉にすることが出来る、

そう思う。

そして最近、もうひとつ気付いたことがある。

わたしは、武器と鎧を取り違えていた。

わたしを守る思考は「過去の経験」だと思っていた。

そして、闘うための思考が「情熱」や「想い」だと思っていた。

でも、どうやらそれは逆のようだ。

どんなことがあっても倒れず、進めるのは「情熱」があるからだ。
自分の持っているモノを最大限に活かすのは「経験」だ。

これに気付いたということは、

もしかしたら、ほんの少しだけど、
「ロジカルシンキング」が、
身についてきたからかもしれない。