わざわいを転じて福となそう!

年が明けた。
例年よりは、控えめに、
でも華やかに、世間はお正月を楽しんでいる。

SNSでは、年賀状のようなやりとりや、
色とりどりの料理や、正月飾りで賑わっている。

昨年は、コロナという新しい脅威、
病気にかかかることもさりながら、
外出制限や自粛など、これまでにない経験を強いられた。

今なお、それは続いている。

コロナ禍で、という言葉をあちこちで耳にした。

「禍」とはわざわい、不幸、まが という意味である。

ただ、災との違いは、禍は、人によって防げるもの、
災は天災など、人の力ではどうしようもないことを言うらしい。

コロナにかかってしまうのは、
あるいは、コロナのため自粛を余儀なくされてしまうのは、
果たしてどちらの「わざわい」なのだろう、と、
少し考えさせられる。

でも、本当に「わざわい」だったのだろうか。
自由を奪われたのだろうか。
日常を奪われたのだろうか。
少なくとも、今、新年を無事に迎えている人たちは、
何を失ったと言うのだろう。

楽しみ?生きがい?時間?

「わざわいを転じて福となす」と言うことわざがある。

新しい年を「福」とするために必要なのは、
これまでの価値観やモノの見方の「方向転換」だ、

そう、私たちに教えてくれる。