わたしは〇〇ではありません

わたしはカウンセラーではありません。
何故なら耳で聴いた言葉から、
その人の本当の想いを、
すぐに読み取ることは出来ないからです。
わたしの感情が、感覚が全くもって
正直に反応してしまい、
わたしから理性と客観性を失ってしまうのです。
わたしの中のもっとも過敏で、
わたしの中の、もっとも人間的なわたしが、
わたし自身の言葉として返してしまうからです。

わたしは、ライターではありません。
何故なら、わたしには書きたいものと、
書きたくないものがありからです。
また、わたしには書けるものと、
書けないものがあるからです。
わたしは、心にあることしか書けません。
わたしは心に映るものしか書きたくありません。
ただ、ある事象を表現するために、
わたしはわたしの言葉を使いたくないのです。
わたしの中にいる、もっともエゴイズムなわたしが、
わたしにしか書けないものを書かせようとするのです。

わたしはセラピストではありません。
何故なら、わたしは自分の癒し方しかわからないからです。
わたしは多くの言葉を使って、自分を癒やしてきました。
そして、多くの人の言葉に癒されてきました。
今も、わたしは外側から、
そして自分の内側から多くの言葉をいつもさがしています。
それは「読み、書く」という、もっともシンプルで、
唯一人に与えられた能力である処方で行ってきました。
それはわたしがヒトである証でもあります。

わたしは自分自身のもっとも人間らしい部分を大切にしています。
そしてわたしは、人の書いた言葉を読むことができます。
書いた人の想いに耳を傾けることができます。
わたしは自分の心に浮かんだ想いを言葉にすることができます。心にある感情や心情を語ることが出来ます。

わたしは言葉の持つ癒しの力を信じています。
それと同時に、言葉の持つ力に恐れも抱いています。

でも、わたしは〇〇にはなれないのです。

でも、肩書きなんて、所詮人の決めたもの。
大切なのは、自分に何が出来るのか。
何をしたいのか、ということ。