お金の話、お金のブロック

学生の頃、友人がこんな話をしていた。

自分は絶対サラリーマンとは結婚しない。

毎月の決められた収入で生活していくなんて考えられない。

私には不思議だった。

一定の収入がないと不安にならないのか。

今月は稼いだとしても、来月も稼げるとは限らない。

彼女は、そこを頑張るのだと言った。

私はサラリーマン家庭で育った。

小さな商店に生まれた母は、

一定の収入のない暮らしの大変さを知っていたから、

安定の道を選んだ。

だから、私もそういうものだと思っていた。

26年間、安定している勤務先で働いた。

給料形態には、月給・日給・時給など色々ある。

サラリーマンはついつい時間で自分の価値を換算する。

そういう考え方が頭のどこかに染み付いている。

だからだろうか。

私の心の中には、お金に対するブロックがある。

自分のサービスの価格を決めるとき、

誰かのサービスを選ぶとき、

必ず自分に問いかける。

それは、それほどの価値があるのだろうか、と。

もちろん、

それらを価値あると思う人はいるだろう。

それだけの対価を支払っても思うから成り立つのだし、

その人たちのためのサービスなのだ。

確かにそうかもしれない。

でも、それだけの金額を稼ぐために、

どれほどの労力を使うと、知っているのだろうか。

それに代わるもの、いや、それ以上のものを提供しているのだろうか。

どんなサービスも慈善事業ではない。

でも、モノの値段や1価値なんて、一体誰が決めるのだろうか。

 

何かが私の心を縛っている。