バタフライ効果〜わたしの言葉が、いつか誰かの人生に好い影響を及ぼしますように。〜

おおよそ、人は自分の求めているものは、

意識的にも無意識的にも言葉にする。

そして、無意識の言葉の中にこそ「真意」がある。

お腹が空いているのに、水が欲しいとは思わない。

喉が会話いているのに、何か食べたいとは思わない。

仮に、空腹なのに水しか持っていないときには、

水で一時的にお腹を満たすことがあったとしても、

「あー、お腹がいっぱいになった!」

とは、言えないだろう。

わたしたちの口から出る言葉は、それだけ正直なのだ。

わたしたちは、文章を書くとき、

意識して書く。

でも、無意識の言葉も同時に出てくる。

わたしは、ずっと自分の中に勢いが欲しいと思っていた。
26年勤務していた職場を離れ、新しい生き方を始めたのに、
昔のように爆走出来ない自分が歯痒かった。

だから、「熱くなろう!」と呼びかけてきた。
わたし自身が、誰よりも熱くなりたかった。

でも、書きながら、別の何かを無意識で感じていた。
でもそれが何なのか、何故なのか分からなかった。

だから、それ以上のことは書けなかった。

今は、心の化学反応を起きる書き方を!と書いている。
化学反応は「熱」だけではない、光も融合もある。
それが、わたしたちの行動の活力だと思えるからだ。

でも、多分無意識ではまだ違うことを考えている。
わたしは「バタフライ効果」を求めているのかもしれない。

注目を集めるために書いているのではないことはなんとなくわかる。
そういった書き方のハウツー本も、講座もセミナーも
今のわたしにはあまり響かない。

わたしは「バタフライ効果」を求めているのかもしれない。

わたしの言葉が、いつか誰かの人生に好い影響を及ぼしますように、と、
それを願うから、わたし自身も書き続けることができるのだ。

書いている本人が自分の無意識の言葉に気付かないと、
見えすいたことを、ただ書いているに過ぎなくなる。

読み手は敏感にそれを感じ取っている。

こんなことを書くと、

「やっぱり文章を書くのって怖い。」

そう思うかもしれない。

でも、無意識を隠して書いた言葉のどこに誠意があるのだろう。

無意識を見ずして、どうやって自分と向き合うのだろう。

自分と向き合えない自分に、誰が向き合ってくれるというのだろう。

だったらいっそ、とことん自分自身に問いかけて、

自分の無意識を浮き彫りにして書いていけばいい。

どんどん、自分の無意識を意識に載せて行けばいい。

そうすると、新しい気付きが生まれる。

気持ちの姿も輪郭もはっきり見えてくるだろう。

それが、自分と向き合うことではないだろうか。

 

10月より、「心への問いかけ講座」開始します。

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