言葉ってときには、思考や気持ちを縛る呪文になっているよね、という話

言葉って、ときには気づかないうちに、
わたしたちの思考や気持ちを縛る、呪文のようなもの。

いつの間にか、インプットされていた言葉で、
思考や行動、気持ちまでが左右されるときがある。

例えば、幼いころから大人に言われ続けていたり、
TVやマスコミ、その他の情報として心に入り込んでいたり、
会話などでの、ちょっとした言葉遣いが気になったり。

わたしを縛っていた言葉はこれ。

「ちゃんとする」
「ヒトナミになる」

あまりにも甲斐性が無いわたしを心配して、
よく言われた言葉だ。

また、「ヒトナミ」もそうだ。

幼いころから入退院を繰り返してきたわたしに、

「ヒトナミに学校へいけるようになってほしい」
「ヒトナミに暮らせるようになってほしい」

両親は、繰り返し願っていたにちがいない。

だからわたしは
「ちゃんとした人」「ヒトナミの人」になりたいと思った。

なろうとして、頑張ってきた。

背伸びも無理もしてきた。

でも、何が、ちゃんとすることなのか、
ヒトナミって、誰と肩をならべるのかが理解できなかった。

そして、この2つの言葉だけが呪文のようにわたしをずっと縛ってきた。

実は、この言葉が呪文になっていたのに気づいたのはつい最近。

ここ数年、ずっと言われ続けていた自己肯定感の低さ、

常に誰かと比較してしまう、見栄を張ってしまう思考の癖、

そしてそれは何故なのか、ずっと問い続けてきた応えが、

この言葉にある気がする。

でも、どんな呪文にも、それを打ち消す反対の呪文がある。

それが今、わたしが問いかけている応え。

「あなたはあなたのままでいい」

そんな借りてきた言葉では解くことは出来ないこの呪縛。

結局、自分で見つけるしかないんだよね。