TOUKO、肩書きで悩むの巻

自分の肩書きって何だろう。

自分で活動を始めたときから、ずっと引っかかっている課題です。

ちなみに、ペンネームは当分『TOUKO」でいきます。

だってこれは、わたしの原動力である紅蓮色の時代に呼ばれていた名前だから。
(詳しく知りたい方は、「紅蓮色の情熱」をお読みください」)

企業や組織においては役職がそれに当たります。

また士業もそれ自身が肩書きになります。

でも、わたしのイメージでは、

肩書きとは周りの人が決めるもので、

自分で決めるモノではない、という考え方が、

頭のどこかにあり、未だそれを引きずっています。

肩書きでは自分で決めるもの、

名乗りたい肩書きで名乗ればいい、

あるセミナーでそれを聞いてから、

ずっと答えを探していました。

ただ、わたしの思考のクセで、

名乗ってしまったら、名前の持つ自己概念という、

何だかわからない縛りの中でしか動けなくなってしまう、

という、短所があるので、

肩書きって案外めんどくさいな!とも思っていました。

でも、肩書きなないゆえに、

自分の活動もサービスもどこかふわっとしていて、

ある人にとっては「発信させる人」

ある人にとっては「パソコンに詳しい人」

ある人にとっては「書かせる人」

こんな認識だったと思います。

これじゃ、自分でもよくわからない。

自分でよくわからないことは、

他の人には、全くわからない。

これって至極当然のこと。

これまでのやり方も、そろそろ限界を感じ始めました。

また、最近は心理学も学び始め、「カウンセラー」や

「セラピスト」という肩書も、心のどこかに浮かんできたのですが、やはりどこかしっくりこない。

サービスのカテゴリーとしてはコーチングやカウンセリング、セラピーの類に入るのかもしれません。

でもある人に「カウンセラー」や「セラピスト」を目指しているんですか、と聞かれたときに、その呼び名に思いっきり違和感を感じました。

また、「問いかけて書く書き方講座」を考えたときも、

書きたいことをただ書いているだけでは文章は上達しない、

でも、書きたくないことを無理に書かせるのも、何かが違う、

でも、書きたくないことでも書いているうちに、自分の気持ちが軽くなる、

また、とにかく書かなければ文章は絶対上達しない!

など、色々な思いが頭の中でグルグルしていて、

なかなか固まりませんでした。

それでこの状態を何とか打破したいと思い、

思いついたのが、逆転の思考です。

わたしの場合、肩書きによってイメージしてしまう、

このクセを逆手にとって、今やろうとしている活動やサービスに合わせた肩書を探せばいい。

そうすれば、ブレることなくことを進めていける!

そう考えたとき、出てきた新しいサービス名と肩書きが、

「書き方トレーニング」と「書き方トレーナー」

「ダイアリーセラピー」と「心と言葉の診断士」です。

どちらも書いて思考を整理させる、という手法を突っているし、

上手くなりたいのか、気持ちをスッキリさせたいのかで、

目的によっても変わってきます。

何より、わたし自身がスッキリしました。

さて、今後はこれをどう広め、展開してくか、

乞うご期待!ってとこでしょうか。